2017年度 経済統計学会賞2

受賞者:李 潔(埼玉大学)

選考結果報告

選考対象著作
著者:李 潔 会員
China’s GDP statistics – Comparison with Japan: Estimation Methods and Relevant Statistics, Saarbrucken: Scholar’s Press, 2016.

1.本著作の概要と意義

本書は著者の李潔会員の近年のSNAに関係するおよそ11編の論考がベースとなっている。本書の基本的な目的は,日本との比較において中国の GDP統計の特質を明確にすることにある。本書は5章からなり,中国GDP統計をめぐる論争,名目GDP,帰属家賃,実質GDP,デフレーションの検討と いう構成をとる。主な内容を以下に整理しておこう。
第1章では中国GDPに関する従来の議論を整理している。中国GDP統計が国際的に注目されてきた経緯・背景についてサーベイを行い,とくに1994- 98年のMPSからSNA方式(1993年に移行)への移行期においてMPSの影響が残存しており,サービス統計が弱く,また行政報告による集計による統 計作成が主であり,市場ではなく政府による価格決定という実際の経済制度の問題などを確認している。こうした批判の一部に対する中国国家統計局の反論や対 応を,これまでの遡及改訂,さらに中央政府の発表するGDP統計と地方政府のGRPとの整合性の問題や,MPS概念に基づくGDP推計の問題などを含めて 考察している。
第2章では,日中両国におけるSNAの導入経緯や統計制度,既存統計の相違を整理し,中国と日本のGDP推計方法を論じている。日本は産業連関表に基づ くコモディティフロー法(SNA方式の標準)だが,中国は年次の産業連関表がないために産業別の付加価値法によっている。また地方政府と中央政府との関係 についても,日本の場合,中央では省庁分散型だが地方は各中央省庁の系列で密接であるのに対し,中国の場合は中央政府では国家統計局に集中しているが地方 と中央は分散している。
第3章では,GDP統計における日中両国の異なる帰属家賃の推計方法や統計データの実際を考察し,中国GDP,特に第三次産業GDPの過小評価の可能性 を提示している。住宅市場が自由化されていなかった改革開放の初期には止むを得ないこととしても,持ち家率が9割になる今日でも,中国の推計方法は本質的 に変更していないことを問題点として指摘している。
第4章・第5章では中国におけるGDP実質化を日本と比較することによって検討している。日本の経済成長率は支出側実質GDPから算出されるが,中国は 生産側実質GDPから算出される。また,中国の実質付加価値は主としてシングルデフレーション法により求められることから,産業を中間財と最終財に区分す る場合,物価水準の相対変化によるシングルデフレーション法とダブルデフレーション法の乖離方向について検討している。そして前者の推計値は,中間財産業 の価格上昇が大きい場合に過小に,最終財産業の価格上昇が大きい場合に過大になる傾向があるという結論を導いた。
さらに日本接続産業連関表に基づく検証により,第一次産業と第二次産業は中間財産業の性格が強く,日本においてはほとんどの第三次産業は最終財産業であ ることから,経済成長とともに傾向的には,第一次産業と第二次産業の産品価格が相対的に低下し,労働要素価格の上昇により第三次産業の価格が相対的に上昇 する。そのため,全体として,中間財産業の価格が相対的に低下し,最終財産業の価格が相対的に上昇する。その結果として,日本において70-80年代には シングル=デフレーションによる実質GDPよりダブル=デフレーションによる実質GDPが大きくなるが,その後は逆になっており,シングル=デフレーショ ンによって実質成長率が過大評価になる傾向を確認している。

2.選考結果

高度な加工統計としてのGDPは,作成国の既存統計に全面的に依存し,実際各国でそれぞれ異なる推計方法が確立されているのが現状である。李会員は,中 国のGDP統計および産業連関表の検討に長く取り組み,日本語・中国語で発表してきたが,今回はまとめて英文でこれまでの研究成果を出版した。本書は中国 のGDP統計の特質を,日本のそれと対比しながら明確にすることを意図した労作といってよい。
どの章も問題の所在が明確であり,議論が分かり易く進められており,中国のGDP統計の実情を知るには適切な書に仕上がっている。とくに,中国における GDP統計の整備や遡及推計が既存統計に左右されながらも,国家統計局による妥当な方針のもとに実施されていることを踏まえて,過大ないし過少推計の問題 を含めたGDP統計の特質を論じており,このような著者のアプローチが本書の議論の展開をより説得的なものとしている。そしてその成果はより一般的に,発 展途上国,あるいはMPS体系からSNA体系への移行国におけるGDP統計の問題解明に向けての一助となることが期待できる。本書が英文であることは,日 本のSNA制度とその推計方法の海外への紹介という好ましい側面に加えて,そのような研究上の意義を一層強めている。
以上の理由から総合的に判断し,学会賞選考委員会は本業績を著した李潔会員に対して2017年度経済統計学会賞を授与することとした。

2017年6月30日
学会賞選考委員会
PAGETOP