2021年度 経済統計学会研究奨励賞

受賞者:田添篤史(三重短期大学法経科)

選考結果報告  

選考対象著書 

著者:田添篤史会員 

『投下労働量からの日本経済分析』花伝社,2021 年 3 月刊,pp.214 

1.本著作の概要と意義  

第一部「社会分析の基準としての投下労働量」第1章「なぜ投下労働量分析が必要か」では, 投下労働量を基準に経済分析する理由を論じ,資本主義を歴史的な特殊形態として分析するため に人類史を通じて普遍的である労働をベースに考える必要がある,と主張している。第2章「投 下労働量の意味」では,置塩信雄の価値計算方法について,置塩の搾取率は特定個人ではなく社 会全体における実質賃金1単位を純生産するために必要な労働という点で,マルクスのオリジナ ルとは異なると指摘している。第3章「投下労働量と利潤量」では,搾取と利潤・労働量の関係 を検討し,置塩の搾取量は利潤量で購入される支配労働量に等しく,この関係にもとづいて価値 による分析で新たな視点を得ることができると結論している。第4章「投下労働量の増加が意味 するもの」では,置塩定理をめぐり,利潤率を上昇させるような技術選択が投下労働量を増加さ せることがあり,その場合に起きる問題を論じている。 

第二部「「搾取の第一定義」を超える搾取と資本主義の歴史的役割」第5章「「搾取の第一定義」 を越える搾取の必然性」では,大西広の搾取の定義──第一定義:資本蓄積のための消費制限と しての搾取,第二定義:資本貸与による対価としての搾取──のうち第一定義とそれ以外に分け て,第一定義以外の搾取は資本主義資本主義において必ず存在すると論じる。第6章「「搾取の第 一定義」を超える搾取を算出する」では,人口増加率と各種消費財の増加率を導入した Pasinetti の 主張を検討している。産業連関表を用いて拡大された投下労働量を計算し,必要労働量および実 労働時間と比較している。第7章「日本経済における資本蓄積の有効性──労働生産性の観点か ら」では,産業連関表および労働時間を用いて,各部門の労働投入量・労働生産性を計算し,旧 来型部門と新興部門とにおける動きを検討し,1990 年代以降の日本経済は,労働生産性という観 点からすると,資本蓄積の有効性は低下している,と結論している。第8章「日本経済の景気循 環と資本主義の歴史的役割」では,利潤率および「剰余労働量/投下労働量」を 1973-2012 年の日 本について計算し,資本主義の歴史的役割──社会発展の潜在的可能性を増大させる──は好況 期には果たされなくなり,不況期には逆となる,と結論している。 

第三部「日本経済の構造変化と金融化」第9章「置塩型利潤率の動向からみた日本経済の構造 変化」では,置塩型の一般利潤率を計算し,現代日本における資本と労働間の力関係の変化を分 析している。第 10 章「利益率の多様化に見る日本経済の断片化」では,レギュラシオン学派を意 識しつつ,1961-2007 年度における資本金別の営業利益率と経常利益率,およびそれらの変動係数 を計算し分析している。営業利益率と経常利益率の資本金別の差は 90 年代以降拡大していること

から,資本の内部での「断片化」が進展していると評価している。第 11 章「日本経済における金 融化と産業資本の性格変化」では,現在の日本の経済活動停滞に関して,資本が金融に活動の重 点を移し実物投資を行わなくなったためとする「金融化論」を検討し,法人企業統計と科学技術 研究調査などを用いて「金融化論」に否定的な結論に達している。第 12 章「金融的収益の重要化 と格差の変動の関係──資本収益均等化の観点から」では,ラムゼイ=モデルおよび分権型マルク ス派最適成長論モデルを理論的に検討し,金融収益と格差の変動の関係によって,金融収益が重 要となるほど格差が持続すると結論している。 

以上のように本書は,次のような意義を持つ。置塩や Pasinetti らの議論を踏まえて,投下労働・ 搾取・利潤などの関係を確認し,労働価値説の意義を確認するよう努めている。実際に日本につ いて産業連関表などを用いて投下労働量・剰余価値率などを計算している。さらに,この投下労 働量・剰余価値率や利潤率の動向を軸にして 1970 年代以降の日本経済を分析している。このよう に,理論,指標計算,現実分析という全面的にわたって,労働価値説を究明している。   

2.選考結果  

この分野での研究者が少なくなっている中で,若手研究者としてよく頑張っている。本著作の 概要と意義は上記の通りであるが,特に注目されるのは,第一部 社会分析の基準としての投下 労働量である。学会としても議論の深化が求められるところである。 

審議の中で,①価値と投下労働量の関係,②置塩の「価値」とマルクスの「価値」の関係,③価 値方程式の結果による評価は純生産物(最終生産物)としての物量のみに限定することは妥当か, ④将来の消費財増加のための労働量の算出について,⑤使用価値次元で労働生産性を計算するさ い資本減耗分を中間投入額に加算する必要がないという主張について,⑥必要労働を全家計最終 消費に投下されている労働として計算することは妥当か,等の論点に関してさらに検討し研究を 深めてほしいという意見が出された。今後,会の内外での活発な議論を起こすよう期待したい。 また,現状分析についてはさらなる強化を期待したい。 

こうした期待を込め,『投下労働量からの日本経済分析』(花伝社)を著した田添篤史会員に研 究奨励賞を授与することとした。 

2021 年 9 月 20 日 

学会賞選考委員会

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