2021年度 経済統計学会賞

受賞者:張 南(広島修道大学)

選考結果報告  

選考対象著書 

著者:張南会員 

Nan Zhang, Flow of Funds Analysis Innovation and Development, Springer Nature Singapore Pte Ltd., 2020, p415 

1.本著作の概要と意義  

張南会員による本書の概要は以下のとおりである。 

第 I 部 ‘Methods and Applications for Flow of Funds Analysis’(第1~3章)では,マク ロ的な金融統計である資金循環表(Flow of Funds)についてコープランドのマネーフロー表から 最近の表までの内容および分析方法を概観している。とりわけ 53SNA から 2008SNA までの各 SNA 方式の国民経済計算における金融表の位置づけに注目して論じている。そして現在の資金循環表 の基本構造を明らかにしたうえで,IMF 等による改善の諸提案,とりわけ部門×部門(from Whom  

to Whom)の資金循環行列の提案について論じている。その際にアメリカ,日本,中国の資金循環 表の項目分類および部門分類を検討している。そして,従来の資金循環分析について検討し,垂 直的アプローチ(各部門の取引を計算し,それを集計して取引合計を求める)と水平的アプロー チ(まず取引合計を計算し,それを各部門に按分する)の統合方法を論じ,部門×部門の資金循 環表について検討している。第 2 章では,実体経済と金融の関係,非金融部門への金融の影響等 を,1992 年から 2017 年までの中国を対象に制度部門別貯蓄投資差額などを用いて分析して,中 国の景気変動要因および資金循環の構造的不均衡を明らかにしている。第 3 章では,資金循環を 行列形式で表示して部門間の金融取引を示す表──部門×部門の金融取引行列──についてノル ウェイ・日本や R.ストーン,L.R.クラインなどを概観し,理論的な検討を行ったうえで,独自の 表を提案した。そして中国を例にして,その資金循環行列のレオンチェフ逆行列を用いた波及分 析を試み,金融リスクの測度を検討している。 

第 II 部’ Financial Risk and External Flow of Funds(第 4~6 章)では,対外資金循環 (External Flow of Funds)について論じている。第 4 章では,対外資金循環分析の理論的な枠 組みを述べ,アメリカ,中国および日本の金融状態,およびアメリカと中国の対外資金循環を論 じている。さらに,中国とアメリカについて対外純資産とキャピタルゲインの変動を要因分解し て資金循環の特徴と問題──貿易不均衡──を論じ,中国の経済発展に必要な経済政策を提起し ている。第 5 章では,国際資金循環分析(Global Flow of Funds Analysis)の理論的枠組みを述 べ,1980 年から 2018 年までの日本の資本収支を分析している。そして,3つの相異する視点── 貯蓄投資バランス,経常収支フロー,国際資本フロー──に基づいた理論分析方法を述べ,この モデルのパラメーターを回帰分析で推計している。第 6 章では,国際資金循環のリスク測定のた めに統計的監視システムと金融ストレスモデルを構築している。中国について 2004 年から 2020

年までの金融サイクル指数と金融ストレス指数を求めて,国際資金循環と経済成長の金融システ ム安定への影響を分析し,統計的監視システムを作成している。続いて,共和分分析と変数間の 相互作用のベクトル誤差修正モデルを導入して,外的ショックによる短期循環の長期均衡経済ス トレスに対する影響を見ている。 

第 III 部’ New Challenges in Global Flow of Funds Analysis’(第 7~10 章)では,資金循 環表を国際資金循環表へと拡張し,部門×部門の国際資金循環行列を提起し,さらに国際資金循 環分析におけるいくつかの新しい手法と課題を論じている。第 7 章では,国際資金循環表の諸概 念とデータを検討したうえで,中国について国際資金循環行列を作成している。また,行列作成 のためのビッグデータの利用について検討している。第 8 章では,国際収支,対外資産負債残高, 協調直接投資調査,協調ポートフォリオ投資調査,統合銀行統計,および国民経済計算の海外勘 定から国・取引種別×国の国際資金循環行列を作成している。さらにこの国際資金循環行列を使 用して,中国,日本およびアメリカの間の関係および各国の問題を分析している。第 9 章では, まず債務残高モデルを作成し,各国間の金融リスクと影響を論じている。さらにアメリカ,中国 および日本について,G20 諸国の国・取引種別×国の国際資金循環行列のレオンチェフ逆行列を用 いて,金融的なショックを分解し,投資と資金調達の国際的な伝播を研究している。第 10 章では, 国際決済銀行の地域銀行業務統計を使用して G20 諸国について 2007 年の国×国の国際銀行行列 (Cross-Border Bank Matrix)を作成し,そのネットワークの分析手法を提起している。次いで国 際銀行行列によってアメリカ,中国および日本の間のネットワーク,相互関係および銀行信用の 金融リスク等を分析している。国際的ショックによる世界の資金循環の不確実性を明らかにして いる。 

2.選考結果  

以上のように,本書は,国際間の取引を記録する国際資金循環表および部門×部門の国際資金 循環行列の枠組みを提案したうえで,国×国の国際資金循環行列を実際に作成している。さらに その行列モデルの分析方法を提起し,そのモデルを用いてアメリカ・中国・日本に焦点を当てて 資金循環分析を行っている。このように本書は,国際的な資金循環表および資金循環分析に関す る重要な貢献である。 

以上の理由から,学会賞選考委員会は本業績を著した張南会員に 2021 年度経済統計学会賞を授 与することとした。 

2021 年 9 月 20 日 

学会賞選考委員会

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